2010年12月20日月曜日

京都を行く。。。祇園[GION]へようこそ!

ぎおん      やさかじんじゃ
祇園[Gion]は、八坂神社の門前に開けた茶屋町である。
                みずちゃや  はたご
江戸時代の始め、田んぼと畑がほとんどの土地であり水茶屋が少しだけあった。
 ゆうり                        げんろく                                    せいだい  にぎわい
遊里らしい町になるのは、元禄である。300軒ぐらいの茶屋ができ盛大な賑わいが広がりをみせた。
やさかじんじゃ     じじょうどおり
八坂神社までの四条通沿いに発展した町。
                 まいこ                   みなみざ       かぶき
京都有数の花街「舞妓がいることでも有」であって、南座という歌舞伎劇場もあった。

           
ちょうちん
 提灯 の光に照らされている祇園

2010年12月10日金曜日

江戸時代の快楽場所の名前

江戸時代にあって快楽場所街の名前は次のようになる:

廓・郭 くるわ the quarter

遊郭  ゆうかく  pleasure enclosure

遊里 ゆうり  pleasure quarter 

花柳界 かりゅうかい blossom and willow district

悪所 あくしょ  place of evil 


上に述べた名前は江戸時代に使われてあった。全部の名前なる類義語ですね。

2010年11月29日月曜日

格子窓


金沢ひがし茶屋街の写真 2




金沢ひがし茶屋街の写真 1

時間の国境を越えて、異国に紛れ込んだ気分になる場所

日本人にとって、時間の国境を越えて、異国に紛れ込んだ気分になる場所です。
気取って言えば、「もてなし」を売る場所、職業分類なら「サービス業」ともいえますが、
最も古い女性の職業、「性」を売ることの延長だったことは否定できません。

客が格子窓越しに、相方を探す様は、アムステルダムの裏窓の女性たちと、同じです。
アメリカのフォークソングブームのさなか、口ずさんだ「The house of raising sun」も
そうした家だったのではありませんか。

たしかに、日本では、性の商いからスタートして、一部の芸者、花魁は、高級コールガールではなく、
もてなしの専門家、日本の伝統文化の継承者に、なっていきました。日本舞踊、三味線、絵、俳句、短歌、茶の湯、生け花、こうした教養が彼女たちの、サービスの中核でした

2010年10月31日日曜日

このようなブログを作成する理由

私は「江戸から現代にかけて人が快楽にふける家の建築」について修士論文を書こうと思います。このテーマと関係があるブログを作成したいです。私にとって日本の建築がとても面白くて、日本の伝統的な建築と現代風建築が両方とも西洋建築より違います。一番大きな違いは建物の内装と外装の雰囲気にあると思います。特別にヨロッパの快楽場所の雰囲気は日本の快楽場所の雰囲気とかけ離れていると思います。私にとって日本の建築の美的な感覚「わび、さび、ゆうげん、くうかん、むじょ、めだつ、かざりもの、かわいいシンドロム」は世界で非常に珍しくて、好奇心をそそうものです。